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最高裁判所第一小法廷 昭和30年(オ)544号 判決 1956年10月04日

上告人 清家民子

被上告人 今松里子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士宇都宮潔の上告理由第一、二点について

原審は本件養子縁組が絶対無効であることを確認したものである。養子縁組無効原因が存在する場合に、利害千係者が訴をもつてその無効の確認を求めることは当然の権利であつて、所論のごとき事情の下に無効原因の存在を知つたときから長年月経過後に訴が提起されたとしても、これをもつて民法一条二項にいわゆる権利の濫用ということはできない。従つて、原審が上告理由第二点に掲げる事実等を明示しなかつたことは正当であつて、所論の違法は認められない。その余の論旨はいずれも適法な上告理由すなわち原判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背を主張するものと認められない(弁護士薬師寺志光の上告理由補充書は期間後の提出であるから判断を加えない)。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

昭和三〇年(オ)第五四四号

上告人 清家民子

被上告人 今松里子

上告代理人宇都宮潔の上告理由

第一点

一、原判決は民法第一条第二項の適用を遺脱したものであり本件に之を適用しなかつたのは違法である。

民法第一条第二項に権利の行使及義務の履行は信義に従ひ誠実に之を為すことを要すとあり。

右法条に所謂信義とは権利を行使する者が其の相手方に対して守るべき道徳であるのみならず又権利行使によつて利害の関係ある第三者に対しても当然守るべき道徳である即ち斯る相手方又は第三者の信頼を裏切つて権利を行使し之によつて相手方又は第三者に不測の悪影響を及ぼしてはならないのが右法条の趣旨である故に養子縁組無効確認を求むる権利を行使する様な場合には其無効となるべき原因を知つたときは速かに其の権利を行使して其の縁組によつて生じたる誤つた身分関係を正しく訂正すべきであり養子縁組無効原因の存することを知りながら無効確認を求むる権利の行使を長年月間放任して置いて以つて其間相手方又は第三者をして養親子関係ありと誤信せしめ誤謬ある相手方の身分関係及之を前提として為されたる婚姻其他による身分関係の変化を傍観(又は承認)して居て長年月間経過後に至り突如として養子縁組無効確認を求むるが如き自己本位の行為は到底信義に従う権利の行使とは謂へないのであるから斯様な場合には養子縁組無効確認を求むる請求は当然棄却せらるべきである。

二、然るに第二審判決によれば本件養子縁組届出は昭和十八年六月五日に為されたものであるが被上告人が本件養子縁組無効原因の存するのを知つた時期に付ては何等之を明示していない。

けれども第二審判決書記載の全趣旨第二審に於ける当事者双方の弁論の全趣旨第一審判決書二丁の裏四行目から六行目に於ける「右養子縁組は被告が婚姻するに付原告等が仮親となつて形式上婚家に対し実家をして家格あらしめる手段に過ぎず」との記載及び第一、二審に於ける証人今松治郎、同今松三郎、同清家信次等の証言によれば被上告人は昭和十九年二月十一日上告人と清家信次との結婚式に上告人の母親として参列し其際既に上告人は被上告人の養子たる身分を以て清家信次と婚姻するものなること(即ち本件養子縁組が形式上存在すること)を知つて居たのであり而も被上告人は縁組をする意志は無かつたのであるから右結婚式の際には本件養子縁組の存在と其無効原因の存在を知つて居たことは明瞭である。

又甲第一号証(戸籍謄本)によれば昭和十九年五月廿三日附を以つて上告人と清家信次との婚姻届出があり右届出は養母である被上告人の同意の下に為されたものであるから(旧民法では養父母の同意を要するが故に)被上告人は反証なき限り其時已に上告人が戸籍上被上告人の養子となつて居たことを知つて右婚姻に同意し其届出が為されたものであり而も被上告人は当初より上告人と縁組をする意志が無かつたのであるから右婚姻届出の際には本件養子縁組の存在及其無効原因の存在を共に知つて居たのである。

即ち被上告人は右婚姻届出の日である昭和十九年五月廿三日にも本件養子縁組が其意志に基かずして形式上存在することを知つて居たのである。

次に上告人が被上告人及其夫定運と真に縁組を為す意志があつて其届出をしたのであることは甲第一号証によつて明瞭であり此点に付ては原判決に於ても何等反対の記述もなく又何等の反証も無いのである。又上告人の夫清家信次が上告人を被上告人及び其夫定運の養子なりと信じて居たこと及び其の為上告人と婚姻したのであることは婚姻の際戸籍吏に提出した婚姻届に其妻となるべき上告人が被上告人及び其夫定運の養子なる旨の記載あること及び第二審判決書七丁の裏十行目から八丁の表五行目迄に「控訴人を一旦今松家の籍に入れ今松の娘という形にすれば縁談も纏るであろう云々だから程なく始つた訴外清家信次との縁談も順調に進行成立し」と記載あること及び第一、二審に於ける当事者双方の弁論の全趣旨により明瞭である。

而して其後昭和二十八年八月五日に至るまで被上告人が養子縁組無効を求むる権利を行使せず放任して居たこと及び昭和二十八年八月五日に至り突如として其権利行使の為本件訴訟を提起したるものなることは本件訴状によつて明瞭である。

叙上の如き場合に於て本件養子縁組の無効確認を求むることは前段述べたる理由により上告人及び清家信次の信頼を裏切ること甚だしいものであつて信義に従う権利の行使ではないから被上告人の請求は当然排斥せらるべきである。

然るに第二審に於ては被上告人の請求を正当と認め控訴を棄却したのであるから右判決は民法第一条第二項の適用を遺脱し右法条に違反せる権利の行使を許したものである。

故に第二審判決は破棄せらるべきであると信ずる。

第二点

本件養子縁組に付無効確認の判決を為さんが為には前記上告理由第一点に於て述べたる理由により被上告人が本件訴訟提起の際始めて本件養子縁組が無効である原因の存在することを知るに至つたこと及び其以前には久しきに渉り無効となるべき原因の存在することを全然知らなかつた事実及び其証拠を明示せねばならないのである然るに第二審判決に於ては斯る事実及び証拠を示さずして漫然被上告人の権利行使を適法となして本件養子縁組の無効なることを認め控訴を棄却したのであり斯の如きは民事訴訟法第三百九十五条第一項ノ六に所謂理由を附せざる判決であるから当然破棄せらるべきであると信ずる。

以上

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